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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2012/5/30 update

近代洋画の開拓者 高橋由一展

東京藝術大学大学美術館、〜H24年6月24日

数多くの風物を描き残した高橋由一。なかでも「鮭」(写真・重要文化財)は、明治美術の愛好家たちから親しみを込めて「シャケ」と呼ばれ、人気絶大である。
だが、この作品のまえに立ったとき、われわれが妙に胸騒ぎを覚えるのもまた事実だ。それはよく言われているように、この作品が西洋の油絵技法によって描きあらわされた最初の傑作だからではない。鱗一枚一枚のテカリまで感じさせるほどの、並外れた迫真性がこもっているからではないだろう、と私は思うのだ。
つまり西洋の絵画技法=素描・水彩・油絵・テンペラ・フレスコなどを初めて修得した人々は、それでもって自分の周囲をどうながめ、どう表せばよいかまでは学び得なかったのである。(日本画にはむろんのこと、四季折々の画趣を描きあらわすという重たいシキタリとお手本が用意されていたが…)
仕方なく由一は、目の前にぶら下がっていた一尾のシャケを描いたのだ。描くまえに鰓下の美味しい部分を切りとって、まずはお茶漬けにして食べたのか、それとも描いた後にその塩辛さを実際に確かめたのか。大事に食べている己が生活こそ、日本の画趣でもなく、さりとて西洋風俗でもない明治洋画の「新巻にされた現実」だという気がしてならない。
(東京藝術大学大学美術館、〜H24年6月24日)

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勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/