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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」

2013/7/15 update

「プーシキン美術館展」

横浜美術館 2013年7月6日(土)~2013年9月16日(月・祝)

「プーシキン美術館展」

東日本大震災を乗り越えて「プーシキン美術館展」が
甦った。この展覧会の面白いところは、体系的にたどら
れるフランス近代絵画の壮観もさることながら、ロシア
ン・コレクターたちの個性的な作品蒐めにもある。
なかでもセルゲイ・シチューキン(1854-1936)と
イワン・モロゾフ(1871-1921)という二人の織物貿易
商が、競い合うように、あらん限りのエネルギーを投入
してつくり上げた一大コレクションは、それ自体が偉大な
芸術作品といっていいだろう。
シチューキンは1906年からマティスの作品を買いはじめ、
注文による「ダンス」、「音楽」を含む37点を蒐めた。
マティスによれば「彼は決して誤ることのない眼をもって
いた」という。
このほかマネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホ、
マルケ、ドラン、アンリ・ルソーと、富豪らしく気に入った
作品を目にすると手当たりしだいに即断即決で買い
あつめていった。ピカソも最初期からキュビスムに至る
40点を入手している。とくに息子や妻、弟を相次いで
亡くした時期には、その悲しみを癒すためゴーガンの
熱帯作品にのめりこんだという。今回出品の「エイアハ・
オヒバ(働くなかれ)」(写真)などを食堂の壁に飾っては、
飽かずながめていたようだ。
他方モロゾフはパリに代理人を置き、ボラールやベルネーム・
ジューヌら画商との交渉に当たらせている。年間20~30万
フランを絵画市場に投入したという。その甲斐あってセザンヌ
17点をはじめ、モネ、ルノワール、ゴーガン、ゴッホ、ボナール、
ピカソなどの傑作140点余りを蒐集する。
系統的なコレクションにこだわったモロゾフは、作品購入に
際しては慎重そのもの。シチューキンに比べると、やや穏健な
好みの傾向がほのみえてくる。ドニの出品作「緑の浜辺、
ベロス=ギレック」や、ルーセルといったナビ派をロシアに
もたらしたのも彼だ。邸宅にはセザンヌだけを飾る「セザンヌ
ルーム」があり、しかもお目当ての作品が手に入るまで、
わざわざ壁にそのスペースを空けておくという念の入れよう
だったという。
しかしながら1917年のロシア革命後、二つのコレクションは
ソ連政府に没収され、当人たちも国外脱出を余儀なくされる。
1948年以降、作品はエルミタージュ美術館とプーシキン美術館
へ分割されるという憂き目にも遭っている。だが自国の美術
よりも、もっぱらフランス絵画を愛した二人の純粋な情熱だけは、
永遠に不滅といっていいだろう。

画像:ポール・ゴーギャン ≪エイアハ・オヒパ(働くなかれ)≫
    1896年 油彩、カンヴァス 65×75cm               

 




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/