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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2013/9/17 update

「ミケランジェロ展」 天才の軌跡

国立西洋美術館 2013年9月6日(金)~2013年11月17日(日)

「ミケランジェロ展」

この展覧会の見どころとして、私は迷わず二つの彫刻 「階段の聖母」
(1490年ごろ、写真)と「キリストの磔刑」 (1563年)を挙げておきたい。
しかし、両作品はともに きわめて薄い材料から彫り出されている点、
比較的動きが 少ないポーズを取っている小品である点を除けば、
何から 何までが正反対というか、対照的である。
そのことは、 はたしてこれが一人の芸術家の生涯をかけた営みだった
のだろうかと思わせるほどに鮮烈だ。 まず制作年代だが、前者は
ミケランジェロ(1475-1564) 15歳当時の大理石作品である。後者は
最晩年の88歳ごろの 木彫。そのためか、両作に未来への不安と過去
への内省が 際立つのは、如何ともし難い。
「階段の聖母」はスティアッチャート(極薄肉浮彫)にも 関わらず、
絵画的な叙情性や装飾性を排した、きわめて 彫刻的といっていい
作品だ。上下いっぱいに聖母子を配し、 幼子イエスの背中には
まったく彫られていない元の平面部分 が残る。目のまえに腰掛けて
いる母子をリアルに再現しつつ、 視線は階段の奥へ奥へと招じ入れ
られる。すでにして彫刻の 何たるかを会得した熟達の構図だろう。
「キリストの磔刑」には、もはや生身の肉体を写し取ろうとする彫刻
意志は感じられない。それよりキリストの精神だけ をそこに投げ出そう
とする、中世さながらのストイシズムに 満ちあふれている。
小像全体を被いつくしている細かな線(彫刻刀のハッチング)は筆使い
を暗示し、頭部の思いがけ ない角度はクロッキーの自由闊達を想わ
せる。そのことは わざわざ飴色の固い素材を選び、なおかつ
甥レオナルドへ 鋭い彫り跡を残せる彫刻刀をもとめたいきさつからも
明白 だろう。
天才の一生には観者を惑わす謎がつきものだ。 それはブオナローティ
自身が、人生から導き出した造形 作法なのだろう。

               
画像:《階段の聖母》1490年頃 大理石
    
 




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/