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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2015/04/11 update

「グエルチーノ よみがえるバロックの画家」展

国立西洋美術館 2015年3月3日(火)~2015年5月31日(日)

「グエルチーノ」展

 

グエルチーノ(1591-1666)という画家も、彼を育んだボローニャ
郊外のチェントという街も、日本ではさほど広く知られた存在では
ない。そこはそれ、いつの時代もキラ星のごとき大家巨匠がひしめ
き合っていた地中海世界のこと、致し方のない成り行きだろう。

だがバロックという人目を驚かせ、楽しませることに並々ならぬ
情熱を燃やした動向の立役者であってみれば、彼のたぐいまれな
発想力が最後まで世に埋もれ、日の目をみずに終わるというのは
どうにも了承し難い結末ではある。
実際「聖母のもとに現れる復活したキリスト」や「トゥリニタ」
といった作例をみるがいい。どうしてどうして誰かの亜流どころ
ではない。前者は十字架から復活したキリストが、昇天するまえ
にちょっと聖母マリアのもとに立ち寄り、別れを惜しむ場面を描
いている。「じゃあ、先に行くからね」と声をかけたかどうかは
知らないが、若いマリアは尊い救世主というより恋人をみるよう
な「えも言えぬ心情を籠めて彼を見上げ」ている(ゲーテ評)。
処女懐胎ゆえの、二人にしか分からない親密な情念の交流だろう
か。
「トゥリニタ:聖三位一体」(写真、1616-17年頃)は父なる神、
子なる神、聖霊なる神が、雲上に一列に並んで座っているシーンだ。
それぞれヒゲを蓄えた老人、筋骨隆々たる青年、そして翼を広げる
白鳩であらわされている。このとき子が父の右側にいたことが
クレドなる「使徒信条」に記されている。バロック特有の天空に
対する憧れはさすがに薄れ、父子の対話が弾んでいる。子は肌けた
胸に手を当てて、さかんに何事か訴える。父はカッと両目を見開き、
その話に聴き入っている。全宇宙の運命が変わってしまうかもしれ
ない、重要な意志決定の瞬間であろう。(それにしては、父子とも
に天使のおでこをギュと踏みしめているのが少々気にかかるが…。)
ここにはレオナルドもラファエロも、カラヴァッジォでさえも
イメージし得なかった天上の情愛の有り様が、色鮮やかに提示され
ているといっていいだろう。
(国立西洋美術館、~平成27年5月31日)

【画像】「トゥリニタ:聖三位一体」(写真、1616-17年頃)



勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/