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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2015/06/13 update

ヘレン・シャルフベック―魂のまなざし

東京芸術大学大学美術館 2015年 6月2日(火)~ 7月26日(日)

「ヘレン・シャルフベック」展

 

何だかんだいっても、結局のところ自分自身にしか関心がないのは
人の常だ。まして画家は、己れと自作にしか興味をもたないナルシ
シズムの塊のような存在。
フィンランドの画家ヘレン・シャルフベック(1862-1946)はいう。
芸術家は自分の中に入り込むことしかできない。私はそう思う。
そう、固くて氷のような、ただの私の中に入っていくこと。
…どうして私は作品をダメにしてしまうほどこんなに激しく、
全てのことに反応してしまうのかしら。(1921)シャルフベックが
一生涯に残した肖像画をたどれば、彼女がいかに繊細で傷つき
やすく、またそれを覆い隠すためどれほど用心深く絵を飾り立てて
きたかが分かる。それにもかかわらずだ。彼女は独得の寡黙な筆法
によって、つき合う相手との関係を洗いざらい告白する。返す刀で、
つまり自画像によって今度は自分自身のすべてを画面上にさらけ
出してみせる。そうせざるを得ないたちのようだ。
そして自画像の最高傑作「黒い背景の自画像」(写真、1915) に
至って、ついに気取りはあらかた影を潜め、さりげなくクールな
描線で残酷なまでに自身の顔(かんばせ)がなぞられる。もはや
整った目鼻立ちなどどうでもいい。ただ目のまわりの藤色、頬の赤、
唇の紅、そして胸元の大きなブローチだけが相変わらず美への執着
を漂わせ、ひと筆描きにされた顎の線が意志の強さを、無造作に
飛び出した髪の毛が他人への無関心を暗示していよう。こうして
みると女の視線の怖さは、100年前から今日までさして変わっては
いないようだ。
(東京藝術大学大学美術館、~H27年7月26日) 

【画像】「黒い背景の自画像」(写真、1915)



勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/