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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2015/10/26 update

「モネ展」

東京都美術館 2015年 9月19日(土)~ 12月13日(日)

「モネ展」

 

申し分なく成功したアーティストが、人生の最後に到達する心境
とは? 「モネ展」の≪睡蓮≫シリーズを眺めていて、ふとそんなこと
を考えた。
美術史にまでつながっていく納得すべき作品づくり、家族や友人たち
との良好な関係、財政の過不足ない発展と、画家によって希望する
ところはまちまちだろう。だが、なるべく自身の絵のモティーフの
傍にいたいという思いは共通するようだ。
モネの場合には、43歳にしてパリからほど近いジヴェルニーに居を
定め、その地に自らが求める風景をそっくりそのまま出現させようと
思い立った。幸い「モルタル塗りのバラ色の家」から下っていく道の
周辺には、家庭菜園や果樹園が広がっている。そこを何回かに渡って
買いとり、せっせと罌粟やワスレナグサを植えていく。最後にはとう
とう水生植物用の「水の庭」をつくろうと、広大な敷地を手に入れた。
近くの川から水が引かれ、水面には無数の睡蓮が浮かべられ、池のなか
ほどに日本風の太鼓橋がかけられたことはいうまでもない。そのほとりに
三つ目の、ガラス天井を備えたアトリエが建てられる。後にオランジュリ
ー美術館の円形展示室を飾ることになる「大装飾画」の制作もはじまる。
ことによるとクレマンソー首相の懇願を容れて、「大装飾画」をフランス
国家に寄贈するため、≪睡蓮≫シリーズの制作とそのモティーフである池
そのものの拡張作業が、追っかけっこで進められていたのかもしれない。
何がどうなろうと私はここで、四季折々に変化していく睡蓮の水面を最後
まで描きとるのだ、という思いがひしひしと伝わってくるではないか。

私の庭は、愛情をかけながらゆっくりと作り上げられる一つの作品である。
そして私はそのことを誇りに思っている。1924年

当然のことながら、それを言葉以上にあらわしているのが彼の作品だろう。
「ジヴェルニーの庭」(1922-26年、写真)をみると、明るい草木から
受けたファースト・インスピレーションが、赤と黄色の絵具に託して思う
さまぶちまけられている。たとえそのタッチがそのまま仕上げにつながる
ものではなかったにせよ、画家は本能の赴くまま遊び興じ、もはやブレーキ
なしで行くところまで行ってしまったとの感が強い。これこそ画家にあたえ
られる至福の季節(とき)というべきだろうか。

(マルモッタン・モネ美術館所蔵『モネ展』、東京都美術館、~H27年12月13日)

【画像】「ジヴェルニーの庭」



勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/