これまでのアートレポート

アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2016/6/22 update

「ポンピドゥー・センター傑作展」

東京都美術館 2016年 6月11日(土)~ 9月22日(木)

「ポンピドゥー・センター傑作展」

 

線描と白黒の諧調からなるデッサンは、もののフォルムをもっとも
正確かつ立体的に表現してくれる。これは美術アートの世界では、
ほとんど議論を俟たない事実といっていい。一方豊かな彩度(純度)
や色相をもつ色彩が、いっさい立体をあらわさないかというと然に
非ず。明るい部分は前に突出してみえ、鮮やかなところも出っ張っ
てみえる。そして赤は青よりずっと前進的であり、色彩はそれ自体
かなり空間性にあふれた要素といえるだろう。美学辞典によると
印象派が出現してくる少し前まで、この色彩の遠近法的機能は
valeur(色価)と呼ばれて大いに評価されていたという。つまり
絵画は、このデッサンと色彩の特質(色価)をうまく組み合わせて、
平面上に立体を描きあらわすというイリュージョンをやってのけて
いたのだ。だが、それでは色彩から明度、彩度、色相という変化を
奪い去り、ただ一色の無限の広がり、つまり仮象色に還元していっ
たら絵画は一体どうなるのだろう。
この破天荒な試みに挑んだのがフォーヴィスト(野獣派)たちだっ
た。なかでもアンリ・マティス(1869-1954)は何気ない室内の
壁や天井、床、テーブル、果物などからドンドン固有色をとり上げ、
容赦なく鮮やかな赤一色で塗り潰していく。その結果は、室内に
ある物の形がみえにくくなっただけではない。何と時計からは針が
消え、室内風景を支えていた時空そのものが、どこかへと吹き飛ん
で行ってしまったのだ。
今回ポンピドゥー展に出されているマティスの「大きな赤い室内」
(1948年、写真)をみると、絵画は今まさに伝統的な時空の縛り
を離れようと、椅子もテーブルも敷物の毛皮たちすらユラユラと
空間に漂いはじめている。フォルムの属性とさえみなされていた
色彩に、これほどまでに自律的な野獣性があったなどと、一体
誰が想像し得たことだろう。
(東京都美術館、~平成28年9月22日)

画像:アンリ・マティス 《大きな赤い室内》 1948年 油彩、カンヴァス



勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/