これまでのアートレポート

アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2016/9/22 update

「ダリ展」

国立新美術館 2016年 9月14日(水)~ 12月12日(月)

「ダリ展」

 

スキャンダラスな図像で20世紀アートを烈しく揺さぶった
サルヴァドール・ダリ(1904-1989)。その画面はいつみても、
われわれに新たな感興を呼び覚ましてくれる。国立ソフィア王妃
芸術センターなど世界三大ダリ・コレクションに加え、「アンダル
シアの犬」、「黄金時代」といった多数のモノクロ映像作品が
集められた今展では、ひときわ彼の創造力の奥深さが目立った。
なかでも眼が釘づけとなったのは、縦横70センチばかりの
「姿の見えない眠る人、馬、獅子」(1930、写真)と題された、
やや小ぶりな油彩画の一点である。作品のまえに立つと、やにわに
黄色い砂漠のなかに佇む一頭の馬がみえてくる。左を向いたその
口は、5本の指らしきものを丸めて巧みに模(かたど)られている。
それから豊かな乳房の表出によって、仰向けに寝そべった裸婦が
みえてこよう。ここでは在るようで無い、無いようで在る彼女の
ベッドがやはり重要だろう。そこから注意を逸らすため、わざわざ
砂漠のなかほどに長方形の台座が用意されたのかもしれない。
さらに目を凝らすと、馬の尻尾のあたりからライオンの咆哮する
頭部が浮かび上がってくるではないか。これはこれはと思いはじ
めると、もはやダリの術中にすっぽりと嵌っていること間違いなさ
そうだ。そして仰向けに寝そべっている裸婦とみえた肢体は、何と
両足を大股開きにして、こちらに陰部をみせている裸婦の下半身
でもあるのだ。ご丁寧に、そこを不思議そうに覗きこんでいるのは、
馬の尻尾で模られた清純な少女の横顔である。裸婦の上の方に
何気なく転がっている石のようなものは、横に長く引き伸ばされた
とある紳士の頭部にみえなくもないが…。
そもそも馬とライオンは、大自然のなかでは弱肉強食の関係に
他ならない。この絵が描かれたころ絵描きは、フランスの詩人
ポール・エリュアールから、その美しい妻ガラを無理やり奪い
とっている。
さてこの絵の<姿の見えない眠る人>が暗示している、いかにも
ガラらしき人物は、果たしてライオン喰われてしまう哀れな餌食
なのだろうか。それとも若いハンサムな天才画家ダリを手玉に
とって、残酷に喰いつくしてやまない野獣の化身なのだろうか。
(国立新美術館、~H28年12月12日)

画像:「姿の見えない眠る人、馬、獅子」(1930、写真)



勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/