これまでのアートレポート

アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2016/12/29 update

「クラーナハ展」

国立西洋美術館 2016年 10月15日(土)~ 1月15日(日)

「クラーナハ展」

 

えっ! と驚くことだが、今回の催しはわが国で初めての
「ルカス・クラーナハ展」だという。1472年、ドイツの
クローナハに生まれた一人の画家により、以後のアートワールド
がどれほど散々に惑わされてきたことか。まさにクラーナハ
(父・1472-1553)のヴィッテンベルク工房が仕掛けた戦略通り
といえよう。
それにしてもだ。彼の描く女性たち(ユディト、ユスティティア、
サロメ、ルクレティア、ヴィーナスなどしばしば神々しいまでに
潔癖で、ひどく怖い存在でもあるのだが)の蠱惑的な魅力は、
一体どこからやってくるのだろう。愚問であることを百も承知
しながら再び問わずにはいられない、五百年もつづく凡夫の悩み
をお察しいただきたい。以下は、私が思い到ったクラーナハ美女
の共通点である。

・陶器のように白く艶のある肌 そしてそれを最大限生かして
 いる黒バック
・ボディラインの括(くび)れ 仄かにふくよかでありながら、
 筋肉質でも肥満でもない
・醒めていながら焦点の定まらない眼差し どこを見て、何を
 考えているのかまったく分からせない視線
・ニコリともしない無表情 意志や感情の表出は誘惑の敵
・真一文字に結ばれた口元 微塵も媚びないサディズムと しばしばの男っぽさ
・しっかり束ねられ、額に垂れてこない髪の毛 流行を超えた 究極のヘア・デザイン
・パントマイムのように暗示的なポーズ もともとの出所は 聖書の宗教画
・裁判、判決、処刑 理知的でときに残酷な行為、すなわち 近代法治国家の芽生え
・小品であること 小さいこと、軽いことにこめられた 可愛らしさと商品性
・黄金に光る小道具 金属製の小道具や装身具の登場は、 資本主義と宗教改革への導入口
・存在を示唆しているのに、まったく描かれない衣裳 局部への視線の誘導はすなわち、究極の惑わし法

そしていうまでもないことだが、これらすべてはルカス・ クラーナハによって計算されつくした演出であり、
磨き 抜かれた描写なのだ。エヴァに試されるアダムは、はたして 一体どこまで耐え抜くことができるのか。
浮世絵と同様、もとより完璧なるエロティシズムに甘ったるい 取引きと妥協の入りこむ余地はない。
(国立西洋美術館、~H29年1月15日)




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/