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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2017/11/3 update

北斎とジャポニスム

国立西洋美術館 2017年10月21日(土)~2018年 1月28日(日)

北斎とジャポニスム

 

北斎の形態描写に世界中の関心があつまっている。
生涯で三万点を超えるとも称される彼の作品は、江戸後期
(1760-1849)の日本ばかりでなく、当時のヨーロッパへも
多大なインパクトをあたえたようだ。それをあきれるほど
丹念に拾い集めたのが、この展覧会である。
葛飾北斎の原画(錦絵・摺物)と、それに影響を受けたと
思われる西洋美術作品がところ狭しと並べられている。
改めて両者を見比べてみると、表現としてはあまりというか
ほとんど差がないのに、ある種微妙なニュアンスの喰い違い
があることに気づく。北斎漫画にみなぎっている怪しげな
気分が、なぜかヨーロッパのエピゴーネンからはなかなか
伝わってこないのだ。
北斎の有名な「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」(1830-33)
にしても、丸く被いかぶさるような山型がなぞられるだけの
場合が多い。波頭の先の、いまにも挑みかからんばかりの
手や指先を思わせる飛沫の形状は、依然として見過ごされた
ままだ。つまり自然をひそかに擬人化した上で、そのどこか
に「所作の毒」を加えていこうという浮世絵らしい面持ち
までをも引き継ごうという穿った作例は、皆無に近いのだ
(写真カミーユ・クローデル「波」1897-1903)。

爛熟の絶頂期を迎えた文化が示す特有の雰囲気は、ゆめゆめ見逃してはなるまい。
たとえば北斎漫画では「無礼講編」として、突然の強風に煽られて慌てふためく
人々を扱った形態描写がある。必死で編み笠を掴みしゃがみこむ旅人、捲れ上がる
裾を押さえてぐっとこらえる女、風に背中を向ける僧侶、とうとう天高く飛んで
いってしまつた大事な紙片などなど。さらには尻を丸出しにて「屁を放る奴」と
いった悪戯めいた、お道化半分の、人を小馬鹿にしたような絵も江戸期には頻出
してくる。(これなど平仮名の「へ」の字代わりに、街中でも頻繁に掲示されて
いたのかもしれない。)こうしたグロテスクを小気味よくデフォルメした諧謔味と
なると、それこそまともにとり上げるのは容易ではあるまい。
ヨーロッパ美術が北斎から悪魔的鋭さを掴み出すには、「あまりにも日本的」と
揶揄されたデカダンの巨星ビアズレーの登場まで、いましばらく待たねばならない
のかもしれない。(国立西洋美術館、~平成30年1月28日)   ★★★★★




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/